Yahoo!ニュース個人「年間アワード」を受賞した湯浅誠さんのスピーチが素晴らしかった

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さまざまな分野の専門家やライターが記事を寄稿するオンラインメディア「Yahoo!ニュース個人」の年間アワードを発表するカンファレンスが12月7日、東京ステーションホテルで開かれ、2016年のベストオーサーに法政大学教授で社会活動家の湯浅誠さんが選ばれた。

・「Yahoo!ニュース 個人」、2016年のベストオーサーに湯浅誠氏 | AdverTimes(アドタイ)

アワードの発表後に、湯浅さんの受賞記念スピーチがあった。その内容が素晴らしかったので、全文を紹介したい。

湯浅さんは「子どもの貧困」をテーマに、Yahoo!ニュース個人で記事を発信している。そのときに心がけていることとして、(1)貧困問題の「牽引車」と位置付ける(2)読者の疑問に応える(3)さまざまな人々の目線を合わせて阻害要因を取り除く、という3点をあげた。

この考え方は、子どもの貧困問題だけでなく、いろいろな社会的な課題について発信したり、報道したりするときにも応用できると感じた。約15分のコンパクトなスピーチだが、社会的な活動に取り組んでいる人や、報道や広報などメディアに関わる仕事をしている人に、なんらかの示唆を与えてくれるはずだ。

湯浅誠さんのオーサーアワード受賞記念スピーチ

欧米人でもないのに、このヘッドセットというのは、なんとなくこなれなくて、手が遊んじゃうという感じなんですけど(笑)

このタイトル(『1ミリでも進める子どもの貧困対策』)で連載をさせていただいています。さっきも言いましたように、とにかく「1ミリでも進める」ということを考え、心がけて、私自身やってきましたし、そうやっている人たちのこともたくさん知っているので、その方たちのことを発信しようと思って、やっています。

◇社会活動家は「一人三役」

それに対してどういうことが必要なのかという話なんですけど、私は、社会活動家と名乗っております。この肩書きを自称しているのは、私とパソナの会長の南部さんぐらいなんじゃないかと思っておりますけど(笑)

「活動家は一人三役だ」といつも言っています。一つはまず「現場」を進めるということですね。個別対応で相談に乗ったり、個々の団体に関わったり。それから「社会的雰囲気」を醸成する。社会的な雰囲気を盛り上げないと物事が進んでいきません。そして、直接「政治」に働きかける。

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対個人、対社会、対政治。この三つをやらないと物事が進んでいかない。そういう意味で「一人三役」なんだと、ずっと言ってきたんですけど、今回のYahoo!ニュース個人での配信は、主にこの2番に関わるということになります。

私自身、いろいろなテーマに関わっています。みなさんもそうだと思います。それぞれのテーマについて、この「対個人」「対社会」「対政治」というレベルがあるんですけど、Yahoo!ニュースでの発信は主にここに関わる。「子どもの貧困」の「対社会」ですね。

ですけど、ほかにもいろいろと相関関係にあるので、たとえば、自分が関わっている税制改正要望の件で、Yahoo!ニュース個人に配信させてもらって「対政治」的な働きかけに使うとか、「大人の貧困」問題を意識しながら、記事を書いたこともあります。そういう意味では、完全に独立・孤立しているものというよりは、いろんなこととの相関関係の中で書かせてもらっているし、そういうことが全体を進めていくうえで必要なんじゃないかなと思っています。

◇社会的雰囲気を醸成するために必要な「3つのこと」

そう考えてくると、「子どもの貧困」対策を進めるうえでの「社会的雰囲気」の醸成をしていくために何が必要なのか、ということになるんですけれども、私は3点ほど思っています。

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1点目は、この問題は「貧困問題全体の牽引車」だと思っています。子どもの貧困は大人の貧困に比べて、いわゆる自己責任を言われにくい。子どもは親を選べない。「それまでにどうにかできただろう」「いやいや、3歳ですけど」という話ですから、どうにかできない。だからこそ、世の中の共感を得やすいので、だとしたら、共感を得られる潜在力を最大限発揮して、いわば貧困問題全体の機関車として、全体の貧困問題を引っ張っていってほしいという期待が一つあります。そのための役割を果たせるだろうと思います。

そして(2点目として)、こうした問題は、関心がないとか偏見があるとかいろんなところにまみれがちですので、さまざま疑問を持たれている方がとても多い。それに対しては「疑問に応えていく」ということを丁寧にやっていかないといけない。記事はどうしても、まずこちらから発信する。発信が先行しますので、この問題を進めるためには、「読者がどういうところで疑問に思うかな」ということを先回りして、その回答を文章の中に盛り込んでいくということが必要になってくるだろうと思って、やっています。

もう一つ、最後は「目線を合わせて阻害要因を取り除く」ということが必要だろうということです。これは、この問題に限りませんけど、いろんなテーマで二極分化したり、両極がいがみ合うみたいな言説が増えていて、危機感を持っています。そういう意味では、お互いの目線を合わせていくというのが、言葉を発する者としては必要です。それが結局は、反対する違和感をもつ人たちを減らして、物事を進めていく。要するに、大きな石を動かすときに、逆からの力を弱めるという感じですかね。「賛成してくれなくてもいいので、反対しないでほしい」という感じです。こういう感じの中で、阻害要因を取り除くということが必要かな、と。

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簡単に一つ一つ見ていくと、まず「牽引車」としての役割について言うと、さきほども申し上げたように、責任がないということが大きいです。子どもの貧困問題は、実際は子育て世代の貧困なので、親の貧困が深く深く関わっていますが、あえてそこは切り離す。そして、まずは子どもの問題にフォーカスして考える。「子どもの問題を放置できないよね」という中で、だんだんと親の問題にも達していく。そうしたことを考えています。

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そして2点目。「疑問に応える」というのは、これはちょうど昨日出した記事(『子どもの貧困 「昔のほうが大変だった」への対処法』)ですけど、昨日出したものはどうしても言われちゃうんですね。「昔のほうが大変だったよ」と。特に高齢の、特に男性から。そういう方たちが、地方へ行くと、自治会長をやっていたり、地方議会の議員さんだったりします。よく、思いのある女性や若者から愚痴を聞く。「そういう人たちがそういうものだから、言い出せないんですよ」と、聞くんですよね。そういうのをどうしていったらいいかなということで、やっぱり、その方たちにも理解してもらう必要がある。ということで、その方たちがどれくらい読んでくれるか分からないんですけど、届けるつもりで書きました。

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そして、「目線を合わせて阻害要因を取り除く」ということですけど、いろんなレベルがあります。やってきたのは、「当事者と社会」ですね。こうした環境に育つということがどういうことなのか、なかなか理解されきっていないところがあると思っています。本人の目線と社会の目線。そういうものをなるべく重ねていきたいというのが一つ。

そして、「NPOなどと教育委員会や学校」の目線を合わせるということもやっていきました。NPOの方たちはかなり一生懸命いろいろやられるんですが、「教育委員会はなかなかお堅くて協力を得られない」という話も、私はいろんなところに行きますので、聞いてきました。そういう中で「こういうふうにやった成功例があるよ」ということをぜひどこかで伝えたいなと思っていたところ、山梨の事例があったので、それを伝える記事(『「給食のない夏休み、体重の減る子がいる」 学校関係者にできること』)を書いたということです。

そして、「行政と住民」です。これも行政の方たちは、とてもとても一生懸命やられております。ですが、住民からみると「何をやっているか分からない」とか言われてしまうということがあって、いままで20数本あげてきましたけど、行政をほめる記事は本当に読まれないですね。「行政は叩かないと読まれないんだ。悲しいなあ」という感じがしていてですね(笑)

これ、写っているのは長野県の阿部知事ですが、非常にいろんなことを工夫されながら、試行錯誤されておられます。そうした方たちのやっていることも発信していきたい。住民サイドからも、このとき(『「教育県から学習県へ」 長野県・阿部守一知事のビジョンと子どもの貧困対策』)は、長野県民の方たちから「へえ、知事って結構いいんだね」というレスポンスが私のところにいっぱいきて、「ああ、多少は通じさせることができたかな」と思いましたね。逆に、住民側の思いを行政の方が見えていないということも非常に多々あるので、そういうこともやってきたいと思っています。

そしてもう一つは、私自身がそういうことをやってきて、痛いほど痛感してきましたが、「活動者同士」の目線を合わせるのは結構大事で、結構大変です。やっている方たちは、近い距離だからこそ認め合えないという課題が、分野ごと、地域ごとにかなりあります。そうした人たちがお互いに思いを持ってやっていて、そこで生まれている齟齬はこういうことだよねというのを第三者的に外から言うというよりは、それぞれに内在する視点を内的にくぐったところで言うことで説得力をもたせる、理解していただくというようなことを心がけてやっています。

◇カギを握るのは「ふつうの人たち」

最後になりますが、この問題、20年やってきまして、95年からですか。21年ですかね。さっき、冒頭に聞いて、ああヤフーニュース、俺より1歳年下なんだと思いましたけど。いいときも悪いときも、経験してきました。貧困の問題はいろいろ波があって、いいときもあれば悪いときもある。だけど、それもずっとは続かないということもさんざん経験してきました。そういう中でいま感じているのは、こういうことです。

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なにか大きな事故、大きな政治的な嵐が吹いてしまうと、いろんなことを目線を合わせようとコツコツ、コツコツ積み上げていっても、本当、跡形もなく消し飛ばされることがあります。貧困問題とか、貧困層というのは、いつも、そういう意味では恰好のターゲットになるんですね。だから、いま、子供の貧困が幸いに社会的な注目を集めていますが、こういうときこそ、最善を求めるだけじゃなくて、最悪を回避する、その準備をきちんとしておきたい。「目線を合わせる」ということを言いましたけど、それが最終的に抵抗力になると思っています。

そういう意味で、世の中の雰囲気を最終的に決めていくカギを握るのは「ふつうの人たち」。この問題に特に親近感もないけど、特に嫌悪感もない。そういう人たちだと思っています。この人たちが社会的な雰囲気を決める。その人たちの目に触れておくこと、耳に届いておくこと。耳を傾けてみようかなという気持ちになっていただいていること。一度でもいいから、そうしたことに共感したという体験をその人自身の中に持ってもらっていること。その積み重ねが、最悪のときに抵抗線のラインを決めるんだというふうに思って、いまやっております。

活動家としてずっとやってきましたけど、我々は事故を作ることはできない。嵐を吹かせることはできないですね。そこまでの力はない。ですけど、事故があったり、嵐が吹いたりしたときに、それを事件にしたり、大きく後退しきらない線を作ることはできる。それは日々の取り組みにかかっていると思っていますね。日々の取り組みはどうしても、やってもやってもなかなか動かないぞという感じのことばかりなんですけど、それが結局、社会の転換点を作る。あるいは、社会の悪い意味での転換を防ぐ。その力になるんだと思ってやっています。

これが子どもの貧困問題を進めるうえで、私が心がけていることであり、この記事を書かせていただくうえで、気を付けている、心がけていることです。みなさんにもこの問題に対する、もう一歩、もう半歩、もう1ミリのご理解をいただければ、今日の話の甲斐があったということで、うれしく思います。ありがとうございました。