新聞社のDNAは断ち切れたか?「朝日新聞メディアラボ」2年間の挑戦~堀江隆室長のプレゼンから

朝日新聞社の各部門が取り組んでいる新しい事業やサービスについて紹介する「事業説明会」が9月7日、東京・有明で開かれた。そのうちの一つである「朝日新聞メディアラボ」のプレゼンが印象に残ったので、ここに要点をまとめておきたい。

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■メディアラボとはなにか?

スピーカーは、この4月にメディアラボ室長に就任したという堀江隆さん。メディアラボは2013年6月にできた部署で、新しい商品や新しいサービスの開発を目指している。「失敗を恐れずに、挑戦を繰り返そうということで、実験工房、ラボと名付けました」(堀江室長)

メディアラボの発足時に、どんな組織を目指すのか、関係者が合宿をして議論した。そのときにあがったキーワードは次のようなものだった。

朝日新聞のDNAを断ち切る/社内外のHubになる/実験工房/テクノロジー/インキュベーター/新事業イデア/新商品・新事業・新市場/事業刷新/CVC/資本・業務提携/企業の買収/アセットを活用/失敗の積み重ね歓迎/新たなメディア創造/5~10年先

「新しい商品・新しい事業・新しい市場に挑戦するためには、従来の新聞業の考え方というのを捨てるぐらいの気持ちで、失敗の積み重ねをしていこうということで、我々は発足しました」

■メディアラボの体制と事業領域

メディアラボの体制は、2013年6月の発足時は6人だったが、同年9月に17人、2014年に27人と増加し、2015年の現在は35人。そのメンバーは大きく3つのタイプに分けられ、記者出身が3分の1、エンジニアが3分の1、ビジネス部門(販売・広告)が3分の1という構成だという。「一種の混成部隊で、メンバーの多様性が我々の強み」とのことだ。

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メディアラボが目指す事業領域も、大きく3つに分けられる。「メディア」「親和ビジネス」「国際展開」だ。それぞれの中には、次のような要素が入ってくるという。

  • メディア→ソーシャルメディア、キュレーション、オンデマンド、ガバメントリレーション、経済情報、動画、エンターテイメント、ウェアラブル
  • 親和ビジネス→各種リサーチ、保育、介護、医療、シニア、販売店網、語学、教育、資格試験
  • 国際展開→北米、欧州、中国、東南アジア、南米

朝日新聞の中心事業であるメディア事業のほか、販売店網や教育・医療のコンテンツといった資産を使って、親和性のあるビジネスが創出できないか模索している。さらに、国内市場の先細りを見込んで、国際展開も考えている。「これは発足当初にいろいろと考えたテーマで、実現できたものもあれば、まだまだというところもあります。いま、これに向かって努力しているというところです」

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メディアラボに期待されるのが、「社内外のHub」という役割。ベンチャーキャピタルベンチャー企業、金融機関等と日常的に情報交換をしている点を生かし、その外部とのネットワークを社内の各事業部門朝日新聞のグループ会社につなぐハブ役を担っているという。

■メディアラボが取り組んできた新事業の実績

次代の朝日新聞を支える新事業の開拓に取り組むメディアラボは、その性質上、幅広い分野に手を伸ばしている。現在メディアラボが進めているプロジェクトは50にのぼる。事業説明会では、その一部が紹介された。

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■社内新事業創出コンテスト「START UP!」

2013年に発足したメディアラボがまず取り組んだのが、社内の新規事業コンテスト。今年で3回目になるが、3回とも、100件を超える提案があった。社外の専門家の目も通して一次審査をしたあと、調査費を支給して、事業モデルを組み立てていく。そして、練りこんだ事業プランの中から、最終的に最優秀提案と優秀提案を決める。 ポイントは、優秀提案に選ばれると提案者自身が事業化に挑戦できること。「具体的にいうと、優秀提案に選ばれたメンバーは、メディアラボ員になるということです。今年4月、最優秀提案と優秀提案を出した3名がメディアラボに異動してきました」

■Wearable Tech Expoの東京招致・プロデュース

この日の朝日新聞社事業説明会は、ビッグサイトで開催中の「Wearable Tech in Tokyo」の一環として開かれた。このテックイベントを博報堂とともに主催していたのが、朝日新聞メディアラボだった。アメリカで開かれていたWearable Techを招致する形で、2014年3月に第1回を開催。今回が2回目となる。

スマホで大学受験対策サービス「アプケン」

朝日新聞社、メディアラボともに力を入れている分野として、教育があります」。そう言いながら、堀江室長が紹介したのが、試験対策スマホアプリの「アプケン」。教育系ベンチャーとの共同事業とのこと。「スマホの中で、いろんな試験問題に挑戦できるアプリです。無料でダウンロードできますが、課金すれば、自分の志望校にあった問題が出てきます」。

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■朝日自分史

「シニア」というキーワードに合致するのが、「朝日自分史」という新事業団塊世代などに向けて自分史を書籍化する事業は他の出版社も手がけているが、朝日新聞のセールスポイントは記者のOBが取材して本にまとめるコースが用意されていることだ。4回ほどの取材で30冊を制作するコースが、約100万円という。

■メディアラボ渋谷分室

メディアラボはもともと、東京・築地の朝日新聞東京本社の正面入り口のすぐ横にオフィスが設けられていた。さらに、2014年10月には、ネット企業が多く集まる渋谷に分室を開設した。オフィスとして使用するだけでなく、夜になるとベンチャー企業などが集まるイベントを開いている。

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オープンにあわせて開いたのは、「新聞5紙 NEWS HACK DAY」と題したイベント。朝日、読売、毎日、産経、日経という全国紙が協力して、実際のニュースを使って、どういうアプリが作れるか、どういうサービスが組み立てられるかというアイデアを競い合った。

■紙とデジタルをつなぐ画像認識アプリ「朝日コネクト」

メディアラボのエンジニアが手がけたスマホの画像認識アプリ「朝日コネクト」。紙面等にかざすと動画につながる仕組みで、新聞のスポーツ面のアイコンにかざすと、朝日放送提供の高校野球の動画にアクセスするといった使い方がある。

■ネット向け教育動画制作サービス「A-MOOC」

「教育」というキーワードで、これから展開していこうという新サービスが「A-MOOC」。MOOCとは、オンライン上で講義の動画を見ながら学習するサービスだが、その朝日新聞版を始めようというものだ。

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関連する事業として、子供向けの教育動画「朝日こどもニュース」というコンテンツもYouTubeで公開している。「まだベータ版ですが、ニュース素材を使って、わかりやすくニュースを伝えるということで、取り組んでいます」。

クラウドファンディングサービス「A-port」

社内の新事業コンテストで、2013年に最優秀提案に選ばれたのが、クラウドファンディングのプロジェクトだ。「A-port」というサイトとしてスタートした。「夢をもって何かを実現したいという方を応援するのは、我々の一つの役割だと思いますが、それを資金集めという形で具体化したのが、このクラウドファンディングです」。

これまでにいくつものプロジェクトが資金調達をしているが、最も成功したのが、クジラをめぐる世界的な論争をドキュメンタリー映画にしたいという映画監督・佐々木芽生さんのプロジェクト。目標額の1.5倍にあたる2325万円が集まった。堀江室長によると、国内のクラウドファンディスクとしては、支援者数で歴代5位、資金調達額で9位なのだという。クラウドファンディング事業については「これからも拡大していきたい」と意気込んでいた。

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■ペット情報のウェブメディア「sippo」

メディアラボでは、ペットサイトの運営にも乗り出している。ペット情報サイトとしては後発となる「sippo」だが、15歳以下の子供の数(1700万)よりも犬・猫の数(2000万)のほうが多いといわれるペット市場に着目して、新サイトを立ち上げた。

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特徴は、他のペットサイトに比べ、社会問題などの硬派な問題を扱っていることと、動物病院検索の機能があることだという。後者は、首都圏の3000以上の病院データの中から、ユーザーの住所やペットの種類に応じて、ふさわしい病院を検索できるというサービス。もともとAERA等に掲載していた情報をネットで検索できるようにした。

「好評なので、エリアを拡大しようと準備をしているところです。将来的には、ECサイト等に拡大していきたいなと思っています」。堀内室長はそう述べたうえで、朝日新聞が目指す今後のメディアの方向性についても、次のように言及した。

「これからのメディアがどうなっていくのかを考えたときに、新聞のようになんでも情報が載っているパッケージメディアでは、なかなか拡大していけないだろう。むしろ特定の関心をもっている方にささっていくような『特化型メディア』をいくつか立てていくことによって、顧客を増やしていけるんではないかと考えています。shippoはその第一弾という位置づけです」

■新しい価値の想像を目指す「朝日新聞アクセラレータープログラム」

「いま我々が一番力を入れているプログラム」というのが、最後に紹介された「朝日新聞アクセラレータープログラム」。社外のベンチャー企業、特にシード(種)段階の若いベンチャー企業に新事業を提案してもらい、朝日新聞と一緒に新しいビジネスを作っていこうという試みだ。

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第1回は先日、提案が締め切られたばかり。「これから審査に入って、9月末には支援先を決めます。そして、一緒にやるところをいくつか決めたあとで、サービスを具体的に立ち上げていって、場合によっては、我々が出資するという立て付けになっています」

このようなベンチャー企業支援事業は、国内の大手企業ではほかに、東急電鉄や森永製菓なども取り組んでいるということだが、「メディア企業では、おそらく我々が初めてではないか」と堀江室長。その狙いについて、次のように語っていた。

「(メディアラボとして)新商品・新サービス・新事業に取り組んでいくなかで、なかなか社内だけでは、そこにたどりつけないという思いを日々、強くしています。このアクセラレータープログラムもその一つですが、いろんな方々とつながることによって、その挑戦をさらに一歩前に進めたいなと思っています」

■まとめ

堀江室長のプレゼンを聞いてみて、朝日新聞メディアラボがこんなにも多岐に渡るプロジェクトに取り組んでいたのかと驚いた。失敗を恐れずに、とにかく新しい事業をやってみるというチャレンジ精神は評価できるのではないか。

ただ、プロジェクトの多くは、前半で紹介した事業領域のうちの「親和ビジネス」に属するものであり、「朝日新聞のDNAを断ち切る」というキャッチフレーズにふさわしいほどのインパクトをもつ事業は少ないといえる。

堀江室長が述べているように、そこまでいくには、社内の人間だけでは難しいのだろう。いま選考が進められているという「アクセラレータープログラム」によって、その点をどこまで打開できるのか、注目したい。